主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

"onboard"は動詞で使うと「新人を仕事に慣れさせる」の意味

"onboard"という単語は形容詞だと思っていたら

 

onboard someone

 

という表現に出会いました。動詞もあるんですね。

動詞としての"onboard"は、私の持っているどの辞書にも出ていない使い方です。

つまり、(主にビジネスの世界で使われる)新しい使い方みたいです。

 

オンライン辞書にはどれも同じ意味で用法が出ていました。

例えばマクミランでは次のように解説されています(リンクはこちら)。

 

to make a new employee feel part of the company and ensure they have the right skills and knowledge to fulfil their role

<新しく雇った人が会社に慣れ親しめるようにし、また自らの役職をこなせるだけのスキルと知識を身につけさせること>

 

もともとは「一緒の船に乗る」という意味ですから、それが転じて「会社という同じ船の乗組員として一人前にさせる」という動詞になったのでしょうね。

 

転職が日常的に起きるアメリカ社会らしい新用法だと思います。

 

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ちなみに

a new employee

という英語をよく見ますが、これを「新人」と訳すと、ちょっとニュアンスがずれてしまいます。

日本語の「新人」は、学校を出たばかりのフレッシュな若者で無色透明、何の役にも立たない、というイメージがありますが、"a new employee"は、自分の上司かもしれないし、ものすごい仕事ができるかもしれませんので。

 

 

 

 

 

 

"Boomaissance"はバブリーな中高年にカネを使わせること

"Boomaissance" (ブーメサンス)という言葉を初めて見かけました。

 

辞書にはもちろんでていないし、新語に強いオンライン辞書にもまったく定義がありません。

ただ、使われ方を見ていると意味は簡単にわかります。

要するに、米国でも若いミレニアル世代はカネを使わなくなった──格差の拡大、右肩上がりの将来像を描けない不安、モノからデジタルとか、所有からシェアとかの価値観の変化、など理由はいろいろでしょうが──

そこで、日本の中高年層と同じく、カネを持っていて消費マインドも旺盛なベビーブーマー世代にカネを使ってもらおうと、彼らを対象にした商品開発やマーケティングが注目されている、ということみたいです。

 

ベビーブーマー(Boomer)の復興(Renaissance)=ブーメサンス

 

グーグルで検索しても30件しかヒットしないので

2014〜17年ごろに一部で使われてひっそりと消えかかっている半死語なのかもしれません。

 

ちなみにミレニアル世代の次の世代は

i Generation (iGen)

Generation Z

などと言われており、私の中学生の息子もここに含まれると思いますが

彼らは本当に物欲が低いですね。

私が見るかぎり、(先進国では)周囲にモノがあふれかえっていることがその理由だと思います。

 

 

"design"には(隠された)意図がある

統計データがあるわけではないのですが、個人的な実感としてここ数年で

"design"

という言葉を見る機会が増えたような気がします。

名詞よりも、動詞としてのdesignです。

 

英語の"design"の意味としては

「デザイン」=ファッションや雑誌ページなどの色や形などを創造する

「設計」=モノやプログラムなどの構造や配置を決める

 

などがすぐに思い浮かびますが、どうも私がよく目にする"design"は

それだけでは足りないような気がするんですね。

 

気になって辞書でいろいろ調べたところ、なんとなくニュアンスがわかったような気がしました。

要するに"design"には、「誰かの〝意図・意志・狙い〟が背後にある」というニュアンスがある(場合もある)ようなのです。

これは日本語化した「デザイン」にはあまり感じられないニュアンスですね。

 

三省堂の『ウィズダム英和辞典』には四番目の語義として

──意図、もくろみ、計画、企て、構想、悪巧み、陰謀

とあります。

それが一番よく現れている表現は

by accident or by design

でしょう。

「意図してか、意図せざるか(にかかわらず)」

という意味の定型表現です。

 

また小学館の『ランダムハウス英和大辞典』には

以下のような例文がありました。

He designed to be a doctor. 医者になろうと志した
He designed his son to be a lawyer [=for the law]. 息子を弁護士にしようと思った

 

良い意図か、悪い意図かという価値判断は抜きにして

何かの計画や設計、作られたものの背後に、それを作った人の「意図」が明確にある──"design"にはそういうニュアンスがあることを知っていると、正しい訳語を選べる可能性が高まるように思います。