主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

identifyを特定する

 私は他人様の翻訳をチェックする翻訳チェッカーの仕事もしています。

 チェックするなんておこがましいほど上手な人もいれば、これで金をもらっていいのかと言いたくなるほどひどい人もいます。

 仮定法を誤って訳していたりと論外のケース(けっして少なくありません)を除くと、下手だなと思う人に共通する一つの特徴があります。

 それは、文脈に関係なく、一つの英単語を必ず同じ日本語に置き換えることです。

 

 特に気になるのはidentifyを機械的に「特定する」と訳すケース。

 

「自分の弱点を特定する」

「手強い敵を特定する」

「問題が起きそうな業務を特定する」

「その女性が誰かを特定する」

 

 ──もうね、英文を見るまでもなくidentifyだな、とわかります。

 

 自然な日本語の文章で「特定する」という言葉はそれほどひんぱんに使いません。かなり範囲が狭い特殊な言葉なのです。ですから何度も出てくると違和感があります。

 文脈を考えれば、「突き止める」「見つけ出す」「素性がわかる」などが自然な訳語になるのではないでしょうか。

 私はあまりにも「特定する」にうんざりしているため、自分が翻訳する時には意地でもidentifyを「特定する」と訳さないようにしてしまうほどです。一種のバイアスではありますが・・・・。

 

 同じように、普通の日本語ではめったにお目にかからないのに、翻訳の文章だとひんぱんに出てくるのが「洞察」。これはinsightですね。

 こうした英語の言葉をいかに自然で意味の離れすぎない日本語に置き換えるか、それを悩んで見つけ出すことが翻訳の面白さではないでしょうか。同時にそれは、翻訳の付加価値の一つでもあると思います。

 

 最後に、自然な日本語訳を「特定」するために、悩み、苦しみ、なんとか自分の言葉をひねり出した先人達の「洞察」を参考にできるサイトをご紹介します。

 

翻訳訳語辞典

http://www.dictjuggler.net/yakugo/