主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

feedback を「フィードバック」と訳して良いのか?

 もともとの意味は「結果」が「原因」に影響を与えることです。

 例えば、運転中にハンドルを切りすぎた結果を見て、あわてて運転者がハンドルを戻すことなんかも「フィードバック」と言えるでしょう。

 コンピュータのアルゴリズムの結果を見て、それを頼りにもとのプログラムをより良く書き直すことも「フィードバック」でしょう。

 

 理系の文脈だと回路やプログラムなんかの話ですが、この言葉がビジネスの文脈で出てくると、大半は「評価」「意見」「調査結果」「反響」「手応え」なんて意味です。上司による部下の評価、部下による上司の評価、製品に対する消費者の意見・反応などなど。

 

It provides clear feedback on the performance.

 

 さて、理系の文脈では、feedbackの訳語は「フィードバック」で定着しているようです。おそらく理系の文献を読み込んでいる読み手なら、「フィードバック」という日本語を見て、明確な一つの概念が頭に浮かぶのでしょう。このような場合、下手に「帰還」などと訳すとかえって混乱を生むので、素直に「フィードバック」と訳すほうがいいと思います。

 

 一方、文系の文脈でも「フィードバック」という言葉はかなり普通に使われるようになってきています。ですが、私はこれを無条件に「フィードバック」と訳すことには多少の抵抗感を覚えます。

 例えばfeedbackの意味が明らかに”アンケート調査の結果”であれば「調査結果」と訳したほうがひっかかりなく読めるのではないでしょうか。部下への評価を指すなら「評価」「上司としての意見」などと訳すほうが自然に読めると思います。

 これは、まだ完全に定着しきっていないカタカナ用語には、なんとなく軽薄/格好つけてる、といった色が着いてしまうからです。英語の原文にはない付加情報=ノイズが発生するとも言えるでしょう。

 

 もし会社で人事部長が、「上司は部下に適切なフィードバックを与えてください」なんて発言したら、すこ〜し言葉が上滑りしている感じがしませんか? 「意味は分かるけど、ちょっと気取ってるよね・・・」「外資系じゃないんだからさ、うちは」なんて陰口を叩かれそうです。

 その違和感がいつかなくなった時、このカタカナ言葉が日本語として定着したと言えると思います。