ドラッカーで有名な上田惇生さんは、effectiveを成果と訳した
ひょんなことから私が翻訳の仕事をすることになった時、まず最初にしたのは、有名な翻訳書の原書と訳本を読み比べてみることでした。
『ビジョナリー・カンパニー』(山岡洋一訳)とか『経営者の条件』(上田惇生訳)などです。
そこでいきなりショックを受けました。
上田惇生さんはこのドラッカーの代表作で、effectiveを「成果をあげる」と訳していたのです。私は"effective" = 「効率的な/効果的な」だと思っていました。
effective manager 成果をあげるマネジャー
for effectiveness 成果をあげるために
確かに「効率的なマネジャー」ではピンぼけです。なんだか要領が良くて、たいして働かなくても短時間でちゃっちゃと仕事をすませちゃう人みたいなイメージですね。
読んでみると確かに、この本の文脈では「成果をあげる」が一番すんなりと意味を伝える訳語だと思います。もちろん、英日辞典にはそんな訳語は書いていません。しかしこの本で"effective"は大事なキーワードですから、ピンぼけの訳語をあてるわけにはいかないでしょう。
上田さんはドラッカーの言いたいことを十分に理解したうえで、大いに悩んでこの「成果をあげる」という訳語をひねり出したのだろうと想像します。著者の言いたいことを十分に理解しているという自信がなければ、こんな思い切った意訳はできないでしょうね。
翻訳とは、原文で一〇〇%理解した後、改めて自分の言葉で文章を書く仕事なんだな、と実感しました。
上記の二冊を読む時、まったく翻訳書ということを意識せずに、著者の思考の流れに集中できます。まるで著者がはじめから日本語で書いていたかのようです。そして、思考のクセや行間から感じ取れることを通して、「著者はこんなヤツなのかな・・・」と人間味さえ感じるのです。
その裏には翻訳者の大変な実力と努力があると思うのですが、読者は翻訳者の存在を完全に忘れて読めます。この二冊が日本で永く読まれ続けている理由の半分くらいは、この素晴らしい翻訳にあるのではないかと思います。
上田さんの翻訳はあまりにも大胆なため一部で批判もあるようですが、「十分に理解している自信があれば、読者の読みやすさのために、ここまで思い切って訳してもいいんだ・・・」と目から鱗が落ちること請け合いです。 翻訳に興味のある方はぜひ一読(というか原著と合わせて二読)してみてください。
(なお、上田さんは自分が分からない点を一つ残らずドラッカーに問い合わせ、そのことでドラッカーから深い信頼を得たそうです)
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