主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

『アナと雪の女王』の歌詞を英語で理解してみよう

 以前、『アナと雪の女王』についてのエントリーを書きましたが(「アナと雪の女王」の歌詞の翻訳はすごい - 主夫と翻訳)、実は今まで映画は観ていませんでした。

 先日、ついにきちんと映画を観たのですが、この主題歌のシーンで涙が止まりませんでした。エルサの気持ちが痛いほどよくわかったのと、もう一つには自分の娘にこのように生きてほしい、という思いが重なって気持ちが昂ぶったのです。

 

 ちゃんとストーリーを知ってからあらためてこの歌詞を見ると、本当に素晴らしいと思います。詩や文学を解読するのはナンセンスかもしれませんが、翻訳者としての自分の主観を交えつつ、この英語の歌詞についてぜひ書きたいと思いました。

 詩ですから、読み方に「正解」はないと思います。それでも、以下に書いたことがこの歌詞を深く理解する手助けになれば嬉しいです。

 

The snow glows white on the mountain tonight, not a footprint to be seen.

(今夜、この山に降り積もる雪は白く輝いている。誰の足跡も残らない)

 

A kingdom of isolation and it looks like I'm the queen.

(まるで孤独の王国、そしてその女王は私みたいね)

<解説> "The"(唯一の)ではなく、"A kingdom" なので、他にもたくさんある「孤独の王国」の中の一つ、というニュアンスがある。それは、人々がみなそれぞれに「孤独の王国」を心の中に抱えている、という含みがあるため、このシーンの雪山は「エルサだけの心を具現化した場所」と感じられる。

 

The wind is howling like this swirling storm inside.

(唸るような風の音は、嵐のように荒れ狂う私の心のよう)

 

Couldn't keep it in, Heaven knows I tried.

それを隠しておくことはできなかった。でも一生懸命努力したの。神様だけはそれを知っている)

<解説> この"it"が指すのは、直前の歌詞にある「心の中の嵐」だが、間接的には「冷静さを失って、氷の魔法をみんなに見せてしまったこと」まで含めてもいいと思う。"Heaven knows"は直訳すれば「神様だけは知っている」だが、要するに「隠そうとしてきた自分の努力を誰一人として知らないけど、本当に努力したことを私だけは知っている」という前向きな自己肯定に聞こえる。

 

Don't let them in, don't let them see.

(閉ざしたドアの内側にみんなを入れてはいけない。見られてはいけない)

<解説> この歌詞、そして映画全体を貫いて「ドアをピシャリと閉ざす」ことが一つのテーマになっています。幼いアナがエルサの部屋に入れないようドアを閉め切ったこと。そもそもエルサの住む城が、民衆に扉を閉ざしていること。後から歌詞に出てくる「前に振り向いて(過去への)扉はバタンと閉めてしまおう」という部分。そしてこの歌のシーンのラストでもエルサがぴしゃりとドアを閉めます。もちろんこれは、自分の気持ちを閉ざし、本当の自分を見せないようにしているエルサの心の比喩です。

 

Be the good girl you always have to be. Conceal, don't feel, don't let them know.

(いつでも良い子でいなければ。自分を隠して。何も感じないで。みなに知られないように)

<解説> 多かれ少なかれ、誰もがそういう自分に思い当たるのではないでしょうか。本当の自分を解放して生きていきたい、という気持ちがみんなにあるからこそ、この映画が大人にも受けたのだと思います。


Well, now they know!

(ああ、でも今やみんな知ってしまった!)

<解説> この"well"にはうまく対応する日本語がないです。"but"に近い感じで、今までの話の流れを逆接でつなぎつつ、新しい事実を紹介するための前置き、みたいな言葉でしょうか。

 

Let it go, let it go!

<解説> ここはあえて訳しません。この"it"が何重もの意味を持つので、正確に訳すには「それ」としかできないからです。でもこの"it"を「それ」と訳したら、まともな日本語になりません。したがって、何重もの意味がある"it"の指し示すものを一つに決めて、他は切り捨てて訳すしかないのです。それか「ありのままの姿」というふうに思い切った意訳をするかですね。で、この"it"の示すものは、きっとそれぞれの観客の主観に委ねられていると思うのです。それでもあえて候補を挙げれば、「氷の魔法を解放する」「本当の自分の感情を表に出す」「閉ざされたドアを開ける」「隠していた自分をみんなに見せる」といったことになるでしょうか。それら全部を含んだ"it"だと思います。

 

Can't hold it back any more.

(もう隠しておくことはできない)

 

Let it go, let it go!
Turn away and slam the door.

(反対側を向いて、ドアをバタンと閉めてしまおう)

<解説> ここは難しいです。直前に「Let it go =ドアを開けよう」と言っているのに、今度はドアを閉めよう? 文脈から判断すると、「過去を見るのをやめて、未来のほうへと向き直ろう。過去のこと(または、人々の批判の声)はピシャリと閉じて、気にしないようにしよう」という意味ではないでしょうか。「ドアを閉める」ことを今度は前向きに使っているのです。

 

I don't care what they're going to say.

(みんなが何を言おうと、もう私は気にしない)

 

Let the storm rage on.

(この嵐よ、吹き荒れるがいい)

 

The cold never bothered me anyway.

(この寒さを辛いと思ったことなんか一度もなかったしね)

<解説> 「寒さ」=「孤独の辛さ」だと思います。このセリフを言うときのエルサのせいせいとした表情から、開き直って強くなったことを象徴するかっこいい決めゼリフという感じがします。

 

It's funny how some distance, makes everything seem small.

(不思議ね。ちょっと離れてみると、あらゆることが小さく思える)


And the fears that once controlled me, can't get to me at all

(そして、かつては私を支配していたあの恐怖は、いまではまったく気にならない)

 

It's time to see what I can do, to test the limits and break through.

(さあ今度は自分に何ができるのか、限界に挑戦して、それを突き破る時)


No right, no wrong, no rules for me. I'm free!

(正しいも間違っているもない。私を縛るルールはない。私は自由よ!)

 

Let it go, let it go.
I am one with the wind and sky.(私はこの風と空と一体)
Let it go, let it go.
You'll never see me cry.(もう二度と泣くことはないわ)
Here I'll stand, and here I'll stay.(私はここに立つ。ここに居続ける)
Let the storm rage on.(嵐よ、荒れ狂うがいい)

My power flurries through the air into the ground.(私のパワーが嵐のように空気を伝って地面に届く)
My soul is spiraling in frozen fractals all around(そこいらじゅうで、私の魂が氷の結晶となってらせん状に立ち上っていく)
And one thought crystallizes like an icy blast(その中で、氷のように冷静な一つの意志がはっきりと固まってくる)
I'm never going back; the past is in the past!(二度と戻らない。昔のことはもう振り返らない)

<解説> 「二度と戻らない」のは「エレンデールの城に」であると同時に「昔の自分に」でもあります。

 

Let it go, let it go.
And I'll rise like the break of dawn.(日の出のように、私にも夜明けがくるわ)
Let it go, let it go
That perfect girl is gone. (あの完璧な少女はもういない)
Here I stand, in the light of day.(明るい陽を浴びて、ここに立っているのが本当の私)

<解説> 「完璧な良い子の少女」が去って、"Here I stand"なので、このIは「本当の私」と意訳してもいいと思います

 

Let the storm rage on!
The cold never bothered me anyway...