読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

機械翻訳が今後も主流にならないのは"Yes"を訳せないから

"Yes"をどう訳しますか?

 

 これが大学入試なら、答えは「はい」しかないでしょう。それで100点。それ以外はバツだと思います。

 

 でも、まともな翻訳者にこの質問をしたら、「答えられない」と言うと思います。

 なぜなら、この"Yes"が「はい」なのか「ええ」なのか「うん」なのか、それは文脈によって決まるので、前後の文章を読まないと分からないんです。

 時には「まあ・・・」かもしれないし、「いやぁ」とか「本当に」とか「たしかに」かもしれない。意訳し過ぎかもしれないけど、そこまで含めた判断をするのが翻訳者の仕事だと思います。

 

 このように、ひんぱんに使われる簡単な言葉ほど、それに対応する日本語がたくさんあるので訳すのが難しい。逆に"hemorrhage"とか"tetanus"とか、難しい言葉のほうが訳は簡単です。対応する日本語はほぼ一つか二つしかないから。

 

 未来の働き方に関する本や記事を読むと、コンピュータに代替される仕事の一例として「翻訳」が出てくることがあります。しかし私は今後どれだけコンピュータの性能がアップしようとも、上記の理由で機械翻訳が主流になることはないと思います。"hemorrhage"みたいな難しい単語だけで書かれた英文があれば別ですが、どれほど難解な学術論文や法律文書であろうと、簡単な(つまり多義的な)単語を含まない文章はないですからね。

f:id:milkra:20141015174657j:plain

 とりわけ、バックグラウンドが同じである欧米系言語間ならともかく、まったく世界観の違う英語←→日本語の翻訳を自然な文章で機械が行うのは相当ハードルが高いと思います。

 

 今の機械翻訳の考え方は、原則として「過去の巨大なデータベースを参照する」ことで正しい訳に近づけようとする考え方でしょう。これだとどれだけアルゴリズムを精緻化してもダメだと思います。

 人間が翻訳する際はアプローチが違うのです。「筆者が何を言いたいのか、その気持ちになるべく近づく」ことで正しい訳をしようとします。人を理解しようとするのです。

 ですから、コンピュータが書かれた文章を通して書いた人の気持ちや考えが理解できるようになった時に初めて、実用的な機械翻訳ができると思います。