読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

新しい意味の"engagement"は「絆」や「愛着」と訳せる

 言葉の中には、時と共に意味が変わったり、新たな意味が加わったりするものがあります。これは日本語でも英語でも同じ。

 "engagement"は、もともと幅広い意味があるうえに、最近ビジネス用語として特殊な意味が新たに加わったので、いっそうややこしくなった言葉です。

 

f:id:milkra:20150227232906g:plain

 日本語では「エンゲージリング」という言葉が定着しているので「婚約」の印象が強いですが、もともと「関わり合う」というのが根本にある言葉で、敵との「交戦」も意味します。訳語としては関与とか、熱中とか、かみ合うとかでしょうか。便利な言葉としては「やりとり」という訳語が最も近いと思います。レストランの予約も意味します。

 

We had a heavy engagement with the enemy today.

a dinner engagement

 

 さて、以上が伝統的な"engagement"の意味ですが、最近になって主にビジネスの文脈で使われる"engagement"には「愛着」とか「絆」とか「関係の深まり」といった意味を指すケースが増えました。

 一部では「エンゲージメント」というカタカナ語で日本語として使われています。

「顧客エンゲージメント」

「従業員エンゲージメント」

などです。聞いたことがあるでしょうか?

 

 それぞれの概念が指す具体的意味は、ネットで検索すればいろんな方が熱く語っているのでここでは触れません。要するに、新しい考え方や物の見方を要求するキーワードということですね。

 このようなキーワードは、それを「知っている」「使っている」だけで相手に「あ、この人はこの言葉の背景にあるコンセプトを理解しているんだな」という情報を伝えます。逆に「従業員エンゲージメント」を当たり前に社内で使っている会社の人に「従業員の会社への愛着度」などと言うと、「エンゲージメントも知らないのか?」と馬鹿にされかねません。

 訳者としてはカタカナで「エンゲージメント」と訳すか「愛着」のような説明的な言葉にするか悩ましいところです。カタカナの「エンゲージメント」はまだ一般的定着度が多少足りないと思われるからです。

 現在のところ、人事関係やコンサルタントなど一部の流行に敏感な(軽薄な?)人々が好んで使っているように思えます。これが一時の流行で終わるのか、ある程度基本的な概念として定着するのかは、あと数年しないと見えてこないでしょう。

 私は個人的に、この新しい意味の"engagement"は「絆」がぴったりだと思います。

  

<追記 2016年4月>

 ネット界の有名人「はあちゅう」さんの対談を読んでいたら次のような発言がありました。

はあちゅう それはわからないけど、今は本当に好きで見てくれている人、わかってくれる人とエンゲージしたいとは思います。

(出典)「バズ」やPVにとらわれないクリエイターの生き方|「いいね!」が終わる日——はあちゅう×かっぴー対談|かっぴー/はあちゅう|cakes(ケイクス)

 

 あ〜、言葉ってこうやって広がっていくんだな、と思った次第です。ちなみに彼女の使った「エンゲージ」を翻訳すると、「関係性を深める」でしょうか。