主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

"more"の訳は「より多くの」でいいのか?

英語は日本語と比べ、比較級をよく使う言語だと思います。

 

more peole

a higher purpose

a better idea

more closely

poorer countries

 

 

これらをいちいち日本語訳でも比較級にすると、相当にうるさく感じます。

 

「より多くの人々」

「より高い目標」

「より優れたアイデア」

「より詳細に」

「より貧しい国々」

 

日本語ではそんなにひんぱんに比較級を使わないからでしょうか?

なので私は比較級を無視して

 

「多くの人々」

「高めの目標」

「優れたアイデア」

「詳細に」

「貧しい国々」

 

と訳すことが多いです。

 もちろん、文脈から判断して、何かと何かを具体的に比較しているときは日本語でもきっちりと比較級に訳出すべきでしょう。

 でも上記の例は、何と比較しているかと言えばおそらく

「(一般的なものより)高い」

「(平均的な国より)貧しい」

「(いつもより)詳細に」

というように、比較対象の相手があいまいなのです。

「夫よりも妻の年収のほうが高い」というように具体的な比較対象の相手に意味があるなら、それは当然訳にも反映すべきですが、

「(世間一般よりも)年収が高めである」というような〝あいまい比較級〟(私の造語です・・・)ではいちいち比較級にしないほうが日本語として自然です。

 

 一方、同じ英語の比較級でも、日本語訳にする際に言葉を補う必要があるケースもあります。

 それは、英文が比較対象の相手を明記しないで省くことがあるからです。

  例えば幼稚園の先生が母親に対して

 

"Does he behave better at home?"

 

と聞く場面では、

 

「家では幼稚園よりもいい子にしてますか?」

 

と訳すのもありでしょう。

原文には「幼稚園」という言葉はないのですが、これを補わないで

 

「家ではよりいい子にしてますか?」

 

では、何と比べてなのかがわかりにくいからです。

 

「以前よりも」

「普通よりも」

 

といった日本語で比較級の対象物を補うケースはけっこうあります。

 

 こうした訳者による「親切」が多すぎると、大きなお世話でうるさかったり、時には誤訳に近づいたりするので難しいのですが、私は不自然にならない限りなるべく親切な訳にしたいタイプです。

 

 

<追記 2016年5月>

 以下のリンク先では、比較級をより自然な日本語に訳すテクニックが解説されており、たいへん勉強になりました。

www.kunishiro.sakura.ne.jp