主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

"Thinker" と "Law Maker" と "Philosopher"

英語のクセというのでしょうか、日本語にはない特徴として

 

"動詞+ er "で「〜する人」という表現を好む

 

ことが挙げられると思います。

日本語でぴったり対応する名詞(〜者、〜士、〜員など)があればいいのですが、ない場合は悩みます。

 

よく見る例が国会議員を表す"law maker"。

これを

「立法者」

「法の作り手」

と訳すのは、日本語としていかにも不自然というか違和感がありますね。

この言葉を使った人が、「法律を作っている人」という意味を強調したいなら別ですが、通常は軽く

「議員」

でいいと思います。

 

もう一つ例を挙げると"care giver" または "care taker"があります。

これも「世話をする人」「面倒を見る人」と訳すよりも

「介護士」

「ヘルパー」

「世話人」

「管理人」

などのほうが言葉の実態に近いでしょう。

 

そういえばサリンジャーの有名な小説『ライ麦畑でつかまえて』の原題は

The Catcher in the Rye

ですが、翻訳者はこの"catcher"の訳語に悩んだでしょうね・・・

「つかまえて」は「つかまえ手」をかけてあるという解説を読んだ記憶があります。

 

さて、Philosopherという英語は普通「哲学者」と訳しますが、英語ではプラトンやニーチェほど大物でないけど独自の考えを持つ人にもこの言葉を使うようです。

 その場合「哲学者」とするといかにも浮き世離れしてヒゲぼうぼうの特殊なイメージが強くなってしまうので、「思想家」と訳すほうがいいでしょう。

 ところが英語には「思想家」を表す"thinker"という言葉があり、これもよく目にするのです。

 しかし"thinker"を「思想家」と訳すと、ちょっと違うんでないか・・・・というケースが少なくありません。

 例えば雑誌などでよく"World Great Thinkers 2015"なんて特集をしています。ここに登場するのは学者だけでなく企業経営者や活動家、小説家、投資家などさまざま。すなわち"thinker"は職業ではなく、独創的な考えを持っている人、くらいのイメージですね。これを「思想家」とすると、考えることだけをしている専門の職業みたいなのです。だからこの場合、例えば「偉大な頭脳」なんて訳し方もありかもしれません。

 ちなみに有名なロダンの彫刻『考える人』も英語では"The Thinker"です。