主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

technicallyの訳は技術的に難しい

 頻出、とまでは言えないものの、時々みかける表現"technically"は、大変訳しづらい言葉です。

 この言葉は大別すると二種類の用法があり、一つは「技術的に」という意味で、なんら難しくありません。そのまま「技術的に」と訳せばOK。

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 やっかいなのはもう一つの用法で、例えば

 

It is technically illegal.

This problem is technically complex.

 

なんて使い方をされます。技術やテクノロジーとは無関係です。

 この"technically"は、近い日本語を選ぶとすれば「形式的には」「表面上は」「建前としては」「厳密に言えば」「実務上は」などとなるでしょう。

 この用法のポイントは「堅く言えば(形式的には)そうだけど、裏では違うんだよ」というニュアンスというか含みというか言外の意味があることです。

 

 上記の英文でいえば、

 

「それは厳密に言えば違法」 (だけど普通は違法と見なされない)

「この問題は表面的には複雑」 (だけど実際には簡単に解決できる)

 

のように、()で示した含意があるのです。ですから当然、次のセンテンスでは()内のような話が出てくることが予想されます。もしそのような話に続かない時は、この()の含意をかなり補足して訳出する必要があるかもしれません。

 

 私の偏見ですが、この言葉には「テクニック(=表面的なこと)だけに目が奪われて本質が見えていない」といった感じでtechnicalをちょっとバカにしているような、例えていえば杓子定規な人や冗談の通じない典型的な理系頭を小馬鹿にする態度が背後にあるように思えてしまいます・・・・

 いい加減なのに世渡りの上手な人が使いそうな言葉ですね。いや、何の根拠もない偏見です、もちろん。

 

 私が文字通り「座右の書」にしている『英和翻訳表現辞典』(中村保男著・研究社)にはこの"technically"の項目があり、

 

「理論的には」などと意訳してもよいのではないか。

 

 

と書かれています。こういう言葉はさらに英英辞典を引くと目から鱗が落ちることもありますね。

 

新編 英和翻訳表現辞典

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