主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

"build"には「時間をかけて積み上げていく」というニュアンスがある

日本語の「作る」は守備範囲の広い言葉で、いろんなものが「作れ」ます。

 

・友達を作る

・夕食を作る

・機械を作る

・機会を作る

・家を作る(造る)

などなど

 

英語の"build"も同じように、具体的なモノにも抽象的概念にも使われる言葉です。

 

・build a career

・build a bridge

・build an empire

・build a fire

・build a reputation

・build a theory

 

さて、書き手によってはこの"build"という言葉が大好きで、抽象的な概念に多用する人もいます。

どうも私はこの"build"とその他の「作る」動詞(make,create,produce,establish)とのニュアンスの違いがピンとこなかったのですが、いくつもの辞書を熟読して一つだけわかったのは

 

"build"には「時間をかけて、ゆっくりと積み上げていく」というニュアンスがある

 

ということです。もちろん、そのようなニュアンスをまったく持たない"build"もありますが。

もし"trust"や"technology"などにbuildが使われていたら、「徐々に構築する」というニュアンスを強調したいのかもしれませんね。

 

以下に、コウビルド英英辞書から"build"の説明を引用します(赤字強調は筆者) 

 

If people build an organization, a society, or a relationship, they gradually form it.

また

To build someone's confidence or trust means to increase it gradually. If someone's confidence or trust builds, it increases gradually.

 

このように、意味の守備範囲が広い基本動詞で、そのニュアンスがいまいちわかり難いものには英英辞書が役立つことが多いです。上記の"gradually"のように、理解のヒントとなるキーワードが見つかることがあるからです。

英英辞書は、読みやすさ、わかりさすさで特にコウビルドがおすすめだと思います。 

 

Collins COBUILD Advanced Learner’s English Dictionary + CD-ROM

Collins COBUILD Advanced Learner’s English Dictionary + CD-ROM

 

ちなみにこの"COBUILD"という辞書名も

Collins Birmingham University International Language Database

の略称ですが、同時に

「一緒に(CO)語彙を積み上げていく(BUILD)」というニュアンスを含めているのかもしれません。

"career year"はスポーツ選手の「最高に活躍したシーズン」

よく見る表現というわけではないのですが、

たまたまスポーツ選手についての話で

He was enjoying a career year.

という一文があって、この"career year"の意味がなかなかわかりませんでした。

 

"career" も"year"もよく使われる簡単な単語だけに、何を指すのかいろんなことが想像できてかえって意味をとるのが難しいのです。

辞書にもまったく出ていない表現でした。

 

f:id:milkra:20170704040927j:plain

 

 

googleで”career year”を検索すると40万件ほどヒットするので普通に使う表現のようです。

どうもテニスや野球、アメフトなどプロ・スポーツ選手に使うケースが多く

その選手が今までのキャリアで最高に活躍したシーズンのことを指すようです。

 

日本語に訳せば

「最高のシーズン」

「選手人生で最高の年」

でしょうか。

 

さまざまな記事を読む限り、そんな使われ方をしていました。

 

having 200 hits in one season is widely considered a career year 

Ichiro was in the midst of a career year

John's career year came at the age of 28

"mind"は「こころ」や「精神」でなく「知性」──なぜなら脳にあるから

mind, heart, soul, spirit

はいずれも「人間のこころ/精神」に関係する言葉ですが、四つも言葉があるのはもちろんそれぞれに指すものが違うからです。

 

その中で、最も日本語と意味がずれているのが"mind"ではないでしょうか。

"mind"を英和辞書で引くと、

心、精神、知性、感情、意思、気持ち・・・

 

 とズラズラ訳語がでてきます。

 要するにこれは一語でピシっと対応する日本語がないことの証左でしょう(一方、ほとんどの場合"soul"は「魂」で一発OKです)。

 

 さて、私は"mind"は基本的に「知性」だと思っています。私が目にする英文では6〜7割方その意味で使われています。

 すなわち、"mind"という単語を目にしたら、自動的にまずは「頭を使う知的活動」がイメージされるのです。

 

 その理由は"mind"が脳に存在するからです。

 


 グーグルで"where is the mind"と検索してみてください。英語の"mind"は人間の「脳」(brain)にあることがすぐにわかると思います。

 

 一方、日本語の感覚だと、「こころ」や「感情」は〝脳〟ではなく〝胸〟にあるような気がしませんか?

「胸が痛い」

「胸に響く」

「胸を打つ」

「心臓に悪い」

というように、感情や気持ちはなんとなく「胸」にあるというのが暗黙の前提です。

(「頭にくる」という表現もあるので、線引きはそれほど厳密ではなさそうですが・・・)

 つまり日本語では、感情は胸(心臓)、知性は頭(脳)にある一方、英語では頭に存在するmindが知性と感情の両方を司ることができるようなのです。ただ、mindときたらまずは「知性」のほうを最初に思い浮かべるほうが結果的に正しい理解に結びつく確率が高いと思います。

 

 ちなみに、簡潔な表記が特徴(だと私は思っている)のCOBUILD英英辞書で"mind"を引くと、語義(小見出し)がなんと45項目もあります。英語でもそれだけややこしい言葉なんですね・・・