主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

「アナと雪の女王」の歌詞の翻訳はすごい

 私の娘もご多分に漏れず「アナと雪の女王」が大好きで、毎日踊りながら歌っています。

 さて、この主題歌のサビの部分、"Let it go, let it go…"が、日本語では「ありの〜ままの〜」と訳されていることに、私は軽い違和感を持っていました。

 

 なんでわざわざその言葉にしたのだろう?

 もう隠しておけない。良い子の仮面を脱ぎ捨てて、本当の自分を解放しよう、という歌詞です。

 確かに「ありのままの自分」になるということだけど、もっとストレートに何かを切り捨てるとか、ガラリと変化するといったニュアンスの訳し方がいくらでもあるんじゃないかな。

 このサビのフレーズは、腹をくくって偽りの自分を捨て去る解放感!こそが気持ちいいのであって、「ありのままの」ではその思い切った解放感が十分に出てないのでは・・・・

 

 ところが、この歌詞を訳した字幕翻訳者のインタビューを読んで、目から鱗が落ちました。プロは、シロウト(私は字幕翻訳のことを何も知りません)の想像もしないことを考えているのですね。

 興味があれば詳細は下記のリンクを見ていただきたいのですが、要するにアニメーションの口の動きと日本語が矛盾しないように考えていたのです。

 

メロディーを大事にすれば、日本語の音は六つしか入りません。しかも、口の形がアップになるので、三つ目と六つ目の音の母音は『お』に限定されます。この制約の中で原語が伝えたいメッセージをどう伝えるか、ディレクターとわたしで何度も何度もメールをやりとりして試行錯誤して考えました

 

『アナと雪の女王』翻訳家が明かす訳詞の苦労(シネマトゥデイ)

 

 

 私が感心したのは、リスクを冒しても、お客さんが違和感を持たないことを最優先する姿勢です。

 だって、"let it go"を「ありのままの」と訳すのは、翻訳者としてはかなり勇気が必要だと思いますよ。「この訳はおかしい」と批判されることは目に見えてますから。

 でもこの映画を観るメインのお客さんは子供たちで、細かいニュアンスの違いなんかよりも、ヒロインの口の動きが耳から聞こえる音と合っていなければ違和感を抱くでしょう。

 

 字幕と文章という違いはあれど、私も「誤訳と思われない」ことを優先するか、「読者がスムーズに読める」ことを優先するか、そのトレードオフで悩むことが多々あります。

 そんな時、自分が批判されるリスクを怖れずにお客さんを最優先できるのは、プロとして当たり前ではあるけど、やはり立派なことだと思いました。