主夫と翻訳

翻訳をしていると、日本語にするのが悩ましい言葉にたくさん出会います。検索すると、その言葉の訳語に悩んだ先人たちの声がたくさん見つかり、孤独な翻訳作業が少し楽しくなります。そして、自分もそんな言葉を残したくなりました。

"dispute that" は that以下を否定している

He disputed that she was guilty.

 

という文に出会いました。

 

disputeは、言い争う、議論・反論するといった意味ですが、主に他動詞として使われるようで、自動詞としてthat説をとることは少ないみたいです。

 

で、ここで問題となるのは、that以下の内容を主張しているのか、否定しているのか、どっちなんでしょうか?

 

冒頭の文でいえば、

「彼女は有罪だ、と反論した」

のか

「彼女が有罪だということに異議を唱えた」

のかどっちなんでしょう?

 

手持ちの辞書をぜんぶ調べても、はっきりしません。

I don't dispute that she is guilty.

という形でしかthat説の使い方が出ていないのです。

(この場合は、「彼女が有罪だということに反論しないよ」ですね)

 

ネットで検索したら、オクスフォードにやっとそれらしい記述が見つかりました。

dispute - definition of dispute in English from the Oxford dictionary

以下のような説明です。

 Question whether (a statement or alleged fact) is true or valid:the accusations are not disputed[WITH CLAUSE]: the estate disputes that it is responsible for the embankment

 

どうやら、that説の内容に疑問を呈する(否定する)ようですね。

 

前に書きましたが、

argue that

は that以下を肯定(というか主張)するので、なんかややこしいですね。

milkra.hatenablog.com

 

一方、これもややこしいのが、suspect と doubt の違い。

I suspect A is B.

といったら、「AはBだろう」と肯定の方向で疑うのに対し

I doubt A is B.

といったら、「AはBではないだろう」と否定の方向で疑うのです。

私はいまだにこの二つの言葉が出てくると、「ん? どっちがどっちだったけ?」と止まってしまいます・・・

 

"speed down" は速度を上げる?

ある本で

"Speeding down this fast lane"

という表現に出会いました。

 

日本語化している「スピード・ダウン」にぴっぱられて、一瞬

「速度を落とす」のかと思いましたが、

本当の意味は

 

「この追い越し車線を高速で行く」

 

でした。

 

というのも、

 

speed down  the car

 

とひとまとまりになっていれば(つまりdownがspeedにくっついていれば)

スピードを落とすという意味ですが

 

speed     down this lane

というように

"speed" と "down" が意味的に切り離されている場合、

"down"はスピードを「落とす」ではなく

"this lane"に「沿っていく」

という働きをしているのでした。

 

walk down this lane

なら、おそらく誤読はしないでしょうが、「スピード・ダウン」の刷り込みがあるせいで

speed down this lane

は誤読する可能性が高そうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"the case for〜"は「正当化」や「裏付け」「弁護」すること

イデオムとして辞書に出ていないのですが

the case for 〜

という表現はけっこうよく見るし、三単語でセットになってイデオム的な使い方をされています。

 

The case for Peace

 

He made the case for the criminals.

 

 case はひじょ〜に幅広い意味を持つ単語ですが、この場合のcaseは裁判のイメージが強い「事例」「弁護」「言い分」などの意味でしょうね。

 すなわち何かに対し、それを弁護する、その正しさを証明する(モノやコト)、という表現です。

 誰かを守るため(まるで法廷の証言のように)その正しさを堂々と理論的にみなに訴える、というイメージのある言葉なのです。

 

 ところが、これをぴったりと表現する簡潔な日本語がありません・・・

 

例えば以下のような英文は非常に訳しづらい。

 

The middle class has been the case for capitalism.

 

 文意は「中間層が資本主義の良さを証明してきた」ということですが、これでは日本語としてぎこちない・・・。

「中間層は資本主義を正当化してきた」でもあまりすっと読めませんが、このようにまだるっこしい日本語にせざるを得ないのです・・・

 

 いつかこの表現にピシっと対応する日本語を見つけたいと思っています。